大判例

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福岡高等裁判所 昭和56年(行コ)12号 判決 1984年7月19日

控訴人

田上良晴

外五名

(別紙当事者目録(略)記載のとおり)

右訴訟代理人弁護士

谷川宮太郎

石井将

市川俊司

被控訴人

北九州市病院局長竹内鑛

右訴訟代理人弁護士

苑田美穀

山口定男

立川康彦

大久保重信

右訴訟代理人指定代理人

藤井健彦

北村昭

中山誠一

増田繁

菊本誓

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は、控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは「原判決中控訴人ら関係部分を取消す。被控訴人が、控訴人らに対し、昭和四五年一月三一日付をもってなした各懲戒処分(控訴人赤木文造については戒告、その余の控訴人らについては各減給日額二分の一)を取消す。訴訟費用は、第一、二審を通じて被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は主文同旨の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述と証拠の関係は、次のとおり付加するほか原判決事実摘示(別紙職種・処分等目録を含む)中の控訴人ら関係部分並びに本件記録中原審・当審各証拠目録に記載のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決三枚目裏一三行目冒頭の「等目録」の次に「(同目録の組合役職欄中『市職』とあるのは、後記市労連傘下の『北九州市職員組合』のことで病院労組は市職の組織内組合である。)」と付加し、同四枚目表一、二行目の「任免権者」を「任命権者」と改め、同二一枚目表八行目の「前記3、4の主張」とあるのを「前記3の主張」と訂正する。)。

一  控訴人らの主張

1  地公労法(地方公営企業労働関係法)一一条一項は憲法に違反する。

(一)  いわゆる勤務条件法定主義、財政民主主義は、公務員の争議行為を全面一律に禁止することを合理化する理由にはならない。

(1) 憲法七三条四号が、内閣は「法律の定める基準」に従い官吏に関する事務を掌理すべきものとしたのは、旧憲法下の勅令主義に対する反省的表現であって、内閣の官吏に対する人事管理権の行使を、国会が制定した法律の定める基準によらしめようとするにすぎない。

(2) 憲法は、その二七条二項で「賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準」を法律で定めると規定して、労働者の労働条件の最低基準を法律で定めることにより弱い不平等な関係にある労働者の地位の調和、是正をはかると共に、二八条で団結権、団体交渉権その他の団体行動権の保障を与えて労働者の生存権保障を実効あらしめようとした。

(3) 現在、公務員も憲法二八条にいう「勤労者」に含まれるとすることに異論はなく、かつ憲法二八条にいう「その他の団体行動権」の主体をなすものが争議権であることも明らかである。

(4) 従って、公務員の勤務条件も、憲法二七条二項と二八条が基本となり、同七三条四号は、これらと立法目的を異にし、右二七条二項、二八条と矛盾しない限度で公務員の勤務条件にかかわって来ると解すべきものである。

(5) 更に控訴人らは、地公労法の適用をうける公務員で、その法律上の地位は、一般の非現業公務員にくらべはるかに私企業労働者に近い。即ち、その勤務条件決定に関する主要な地方公務員法の規定の適用は排除され、労組法、労基法が原則的に適用され、団体交渉権、労働協約締結権を有する(地方公営企業法三六条、三九条、地公労法四条、七条)。よって控訴人らは、憲法二七条二項、二八条の関係でも原則的に私企業労働者と同一の法的地位にある。

(6) 成程、地公労法八条、一〇条、地方公営企業法三八条四項等によれば、その団体交渉による合意が直接かつ最終的にその勤務条件を決定するようにはなっていない。しかし、本件に則していえば、管理者たる被控訴人は、病院局の業務の執行に関して北九州市を代表し、職員の任免、給与その他勤務条件に関する事項を掌理し、協約締結権も有するから(地方公営企業法七条、八条、九条二号、一三条等)、使用者として当事者能力を有する。勿論、控訴人らの組合が被控訴人との間に給与等の勤務条件に関する合意を行っても、財政民主主義の要請から条例、予算として議会の議決を得る必要はある(地公労法八条、一〇条、地方公営企業法三八条四項)。しかし当該地方公共団体の長は条例、予算の作成提案権を固有の専権として有しており(地方自治法一四九条一、二号、一一二条一項但書)、地方公営企業管理者は、予算調整権はないがその予算原案を作成して地方公共団体の長に送付することになっている(地方公営企業法八条一項一号、九条三号)。即ち、この予算の作成、提出という固有の権限を前提として、団体交渉、協約の締結は意味を持つし、憲法二八条との関係でいえば、条例、予算による勤務条件の決定こそ「大綱」的水準を設定するに止められるべきものである(なお、この点に関しては、地方公営企業法一七条、一七条の二、二四条一、三項、三三条一、二項、四〇条参照)。

(7) 次に、財政民主主義(憲法八三条)も、労働基本権の保障(憲法二八条)も共に憲法上の基本原理であるのに、前者が優先するという理論は、歴史的にみても、また他の資本主義諸国家の憲法学上の理論と比較しても、普遍性を欠くものである。

(8) 財政民主主義の基本たる議会制民主主義とは、代表制民主主義の具現であり、国民によって民主的に選挙された代表者から構成された合議体の機関によって国家意思を形成することである。

従って、その原理的意義を貫徹するには、代表者の選出が適正公平に行われるべきことはもとより、少数意見の尊重を含めて議会における理性的討議の保障を必要とし、その討議、意思決定に対する国民の不断の監視と働きかけ(国民意思の反映)を不可欠とする。国会審議にむけての請願、集会、デモ、宣伝その他一切の表現活動の自由は、議会制民主主義の形骸化を防止する防波堤である。

(9) ストライキの本質は労務提供の拒否であって、仮りに政府、国会、自治体当局に向けられた積極的な行為にみえてもこれを超えるものではない。しかしまたストライキは、自己の意思を表明する一行動形式(政治目的を掲げたストライキの場合など特に端的である)であるが、私企業労働者のストライキのときはそれが議会制民主主義に反するとは言わない。してみると公務員に限ってこれが問題にされるのは、公務員の職務の公共性から来る「国民人質論」以外にない。

(10) しかし、公務員に代表される公共部門のストライキは、常に国民側の非難、反撥、世論による袋叩きの可能性を孕み、しかも議員の政治的選択の自由にはその拘束、威嚇は及ばないものである。即ち、公共部門のストライキが成果をおさめるのは、ストライキの影響を被る国民が、その「被害」をうけつつもなおストライキによって表明された意思を支持している場合に限る。

そうだとすれば、公務員のストライキは、他の各種の表現活動と共に、議会制民主主義の原理的意義を実質的に貫徹させるための国民側からの働きかけの一つとして、法的に尊重せらるべき価値を有するとさえ言うことができる。

以上のことは、地方公務員の対地方議会の関係でもそのまま妥当する。

(11) 以上の理由により、地方公営企業職員が、労働条件に関する要求を掲げて争議行為を行うことは、現行法上の労働条件決定方式の下でも有意義であり、議会制民主主義、財政民主主義とも矛盾、抵触するものでないことが明らかである。

(二)  現行法上争議行為禁止の代償措置は存在しない。

(1) 争議禁止の代償措置という以上、団体交渉が行き詰ったときにこれを打開し、組合側がその要求の実現をはかって生存権的利益を確保しようとするストライキの機能を代行するに足るものでなくてはならない。

(2) 右の要件をそなえる代償措置とは、具体的には、あらゆる段階で当事者の参加が予定され保障された調停仲裁機関の存在で、その勧告、裁定に強制力があり、かつ構成に公正さが保障されたものでなくてはならない(ILO結社の自由委員会報告七二五号事件一二二項、一二三項)。

(3) しかし、人事院、公平委員会制度をはじめ、我国には右の要件に合致する代償制度は存しない。特に本件一一・一三争議行為は、人事院勧告完全実施要求の公務員共闘全国統一闘争の一環である。代償措置が存在せず、仮りに人事院勧告制度を代償措置と認めるとしてもそれが機能していないという憲法二八条に適合しない異常な事態のもとで、基本的には憲法二八条による基本権保障をうけるべき公務員が、代償措置制度の正常な運用を求めて行った争議行為は、憲法上保障された争議行為であって、争議禁止規定違反の責を問うのは筋違いである。

2  休日労働拒否の権利性について。

(一)  我国の憲法においても、二七条一項(労働権)を二五条一項の示す生存権的理念にてらして解釈し休息権を位置づけることは可能であり、憲法一三条一項の個人の尊重の原理から導かれる基本権として休息権をとらえることもできる。かくして休息権は、基本的人権として憲法による保障をうけると解することができる。

そうして、この休息権を契機として、余暇権を労働者の基本的人権としてとらえることが現在の国民の規範意識に合致し、休日制度もその休息権を契機とした余暇権の中でとらえることが必要である。

(二)  労働者は、労基法三五条の週一回の休日という枠内で労働力処分権を使用者に委譲しており、これを超える休日労働義務は、個別の具体的合意なしには発生しない。単なる三六協定は、免罰効果を生ずるにすぎず、それから直ちに具体的な休日労働義務は生じない。

(三)  以上のことは法定外休日(労基法に定める週一回のいわゆる法定休日を超える休日)の場合も同じである。一旦協約や就業規則で法定外休日が定められれば、それは個別の労働契約の内容となって、労働者は契約上その限度でしか労働力処分権を委譲していないからである。

(四)  次に、法定外休日について協約や就業規則で休日労働義務を定めても、「業務の必要性がある場合は残業を命ずることができる。」といった一般的な定めの場合は、労働者はいかなる時期にいかなる休日労働を命じられるか予測ができない。従って、かかる規定で休日労働義務を具体的に発生させるのは労働条件明示義務(労基法一五条)の違反であり、労働者の余暇権、休息権を奪うことになる。よって、かかる定めがあるからといって、直ちに休日労働義務が生ずる理由はない。また、右の如き概括的、一般的法定外休日労働規定のもとに、従来同一時期に同種の休日労働が行われることが常態化していたとしても、それはその都度明示又は黙示の合意によって行われていたにすぎず、労働者は、将来の同一時期、同種内容の休日就労に関する労働力処分権を使用者に委譲したものではない。

(五)  仮りに右主張が容認されないとしても、労働者は基本的人権たる余暇権を有し、休日はあくまで休日であるから使用者は労働者の余暇享有を尊重すべきものである。よって、労働者は、休日労働拒否権を有する。

(六)  そこで、概括的、一般的休日労働規定(協約又は就業規則による)の下で、休日労働義務が発生する場合を考えてみると、まず年次有給休暇に対する時季変更権は、単に業務が繁忙であるというだけでは行使できないというのが一般の解釈である。

従って、休日(法定外であっても)に労働義務を発生させるに足る「業務の必要性」は右の時季変更権行使の要件を超えるものが必要である。即ち、労働者の余暇権を一方的に奪うことを正当化するに足る業務の必要性ないし公共性を必要とする(労基法三三条一項参照)。

法定外休日は、勤務命令なき限り現実の勤務が免除されている(職務専念義務免除)にすぎないというような説は、休日に労働義務が生じる根拠を何ら説明し得ない(その日が有給か否かは休日か否かを区分する要件ではない)。

(七)  この点で就業規程の公法的性格を強調するのは、許されない。その勤務関係が公法関係であっても、労働者の意思に基づかない労働関係は存在せず、この問題では私企業労働者との間に差異はない。

(八)  本件門司病院医事係の年末出勤拒否は、期末手当〇・一カ月分の要求をめぐる指名ないし部分ストライキではない。

右のような問題に関して一〇名に満たない組合員に年末出勤拒否をさせるようなことは、組合運営の常識に反する。即ち、

(1) 門司病院医事係の業務内容は、一般通院患者の診療受付、医療費徴収、レセプト(診療報酬明細書)作成、各種統計業務であった。

(2) レセプトは、毎月二五日から翌月六日頃までにかけて当月分を集中的に処理していたので医事係は、その間一人平均六〇時間に及ぶ超過勤務で、一人当り三〇〇件のレセプト作成を強いられていた。

(3) この超勤により健康を害し入院する者も出て、このレセプト作成超勤は職員間に不満が多かった。特に、女子職員の場合、労基法無視の超勤であったからなおさらであった。

(4) そこで、昭和四四年一一月の職場討議で、すくなくとも年末年始は人並みに休日がとれるよう人間性の回復を求める要求が出され(ことに家庭を持った女子職員)、時間外協定による歯止め、あるいは将来における改善措置がとられないかぎり、年末年始の出勤はできないとの意思確認が行われた。右は、同年一〇月一四日の若松病院に対する若松労働基準監督署の時間外、休日勤務に関する指導、是正勧告(時間外協定によらない超勤、女子に対する制限を超えた超勤、当直勤務中の通常業務に対する割増賃金不払等に関するもの。)によって法的確信が与えられた。即ち、門司病院医事係職員は、労基法を当局に遵守させ、無制限な超勤をチェックし、労働条件の劣悪化を防ぐため、超過勤務、ひいては年末年始の休日勤務についても三六協定が必要と考えたもので、当時市当局も三六協定締結、医事係の時間外処理のための臨時職員導入を発言した事実もあり、右の法的確信には十分の根拠があった。

(5) その後一一月二三日頃、及び一二月二六日の当局との交渉にも当局からの前進的回答はなかった。

(6) また期末手当についても、市長部局一般職は二・六カ月分支給受諾の線で当局、市職間に一応の解決をみたのに、病院局は再建計画中との理由で二・五カ月に固執した。その結果一二月一五日は〇・一カ月分の格差がついた期末手当支給となった。

(7) その間、労使間で年末年始出勤に関する手当の問題も議題とされたが、当局は一日五〇〇円の休日勤務手当と振替え休日なしの実働時間に相当する休日勤務手当の線を譲らず、特に門司病院は、他の自治体や従前の例のようなプラスα支給を認めなかった(北九州市でも他の市立病院は病院毎の交渉でプラスα支給がなされることになって結着した)。

(8) よって門司病院では右当局の態度に対する反撥により年末年始の出勤拒否の意向が強く、病院労組もこれをうけ、市職、自治労本部の指示を得て、一二月二七日、医事係組合員に年末休日出勤拒否を指令したのである。

3  懲戒権濫用について。

(一)  本件当時(昭和四四年)、現業公務員関係では、全逓東京中郵事件(最高裁大法廷昭和四一年一〇月二六日判決)の判例下にあり、その基調が公社職員、現業公務員以外の公務員にも及ぶことが都教組安保六・四事件(最高裁大法廷昭和四四年四月二日判決)により確立される状況にあった。これら判決の下、公労法、国公法、地公法における争議行為全面一律禁止を文言通りに適用すれば、違憲たるを免れないと解釈されていた(禁止されない争議行為の存在)。

かかる法的状態の下で、控訴人らを含む組合員らは、本件の如き現業地方公務員労働者の争議行為(しかも本件一一・一三争議行為は一時間未満の職場離脱)は違法たり得ないとの法的確信を抱いていたし、そう考えたことに何ら過失はなかった。

(二)  本件争議行為は、単純な労務不提供で、暴力的行為はなかった。また、市民生活に与えた影響も軽微であった。

(三)  労使関係の紛争に基因する争議行為について、懲戒処分を行うか否か、行うとしていかなる懲戒処分を選択するかの広範な裁量をその相手方当事者たる任命権者に委ねるのは、不適切な結果を招来する。平素から庁内の事情に通暁し、部下職員の指揮監督の衝にあたる者の裁量に任せて、適切な結果を期待できるのは、汚職等一般的な懲戒事案の場合である。

(四)  更に、本件を含み、一般に争議行為に対する懲戒事案でその裁量を行っている者は、日常職場にあって被処分者を指揮監督している者ではない。本件についていえば、職場にあって日常被処分者を指揮監督している者以外の者が、具体的職場秩序維持とは異るきわめて政治的な労務政策の観点から、現場の判断を無視して参加者全員一律に大量苛酷な処分を行ったのである。即ち、前記の全逓東京中郵事件、都教組安保六・四事件の最高裁判決により、刑事制裁の方法を失った政府は、大量懲戒処分方針に転換した。企業選挙によって誕生した谷市政は、独占資本のための産業道路の整備、工業用水確保、工業用地、港湾開発等に財源を振り向けるため、市民税・各種手数料・公共料金の引上げ、福祉切捨てを行い、職員に対しては賃金大幅引下げ、病院局に対する賃上げ凍結、二八八名の分限免職、すさまじいまでの退職勧奨を行い、これらに対する組合の闘争には、前記政府の方針をうけて大量苛酷な懲戒処分を行ったのである。

(五)  その他前述の如き法的確信に支えられ、基本的には憲法二八条による労働基本権の保障を受けるべき組合員が行った本件争議行為を、汚職その他破廉恥行為に対する懲戒と同列に扱うことは許されず、本件懲戒処分が控訴人らに終身的な不利益をもたらす結果となることも考慮されなければならない。

(六)  本件懲戒処分は、懲戒権を濫用してなされたことが明らかである。

二  被控訴人の主張

1  控訴人らの主張を争う。

2  人事院勧告完全実施は最も望ましいが、公務員給与の財源は主として税収であり、世論の動向も無視できない。従って、その改訂は民間賃金との比較だけでなく財政的・政治的条件その他諸般の事情を勘案して適切に決定されなければならない。よって必らずしも人事院勧告に拘束されるべきものではなく、右勧告完全実施ができなかったとしても控訴人らの争議行為を正当化するものではない(大阪高裁昭和五四年(行コ)第五二号事件昭和五七年二月二五日判決、東京高裁昭和四七年(行コ)第三五号事件昭和五二年三月一五日判決等参照)。

また、市は、昭和四四年一〇月二一日北九州市人事委員会の勧告を受け、各組合と誠実に団体交渉を行い、人事委員会勧告に添った給与改定を実施する方針を明らかにし、具体的改定内容は今後交渉を重ねて定めると回答していたのに、控訴人らの組合が属する北九州市役所秋季年末共同闘争委員会は、ひたすら総評公務員共闘の全国統一行動に呼応して本件一一・一三争議行為を実施したのである。

3  年末休日勤務命令の適法性について。

控訴人らの勤務関係は、公法上の任用行為に基づく公法関係である(最高裁昭和四六年(行ツ)第一四号、昭和四九年七月一九日判決参照)。かかる場合管理者は、条例、労働協約、労基法に違反しない限り、就業規程に基づき勤務条件を一方的に制定できる(就業規程には地方自治法により法的規範としての効力が与えられている)。よって、控訴人らは、本件就業規程に基づき発せられた年末休日勤務命令に従わなければならない。

なお、若松労働基準監督署が市立若松病院につきなした是正勧告については、昭和四四年末当時改善のための団体交渉中で、ことさら控訴人らが年末休日出勤拒否闘争を行わねばならないような状況はなかった。

理由

当裁判所も、控訴人らの本訴請求は、失当として棄却せらるべきものと判断する。その理由は次のとおり付加するほか、原判決理由中控訴人ら関係部分に記載のとおりであるから、当該部分をここに引用する(但し、原判決三〇枚目裏三行目の「任免権者」を「任命権者」と改め、同八行目の「昭和四三年一〇月二三日」を「昭和四四年一〇月二三日」と訂正し、同三一枚目表四行目の「甲第二号証」を「甲第二、第八号証」と改め、同三四枚目表五、六行目の「ストライキ批准投票の結果は、」とあるのを「市職の場合、右ストライキ批准投票は、同年一〇月一五日に行われ、その結果は、」と改め、同三九枚目裏一行目の「各本人尋問の結果」の次に「と弁論の全趣旨」と挿入し、同一三行目の「勤務時間」の次に「(第八条に規定する勤務時間をいう。以下同じ。)」と挿入し、同四〇枚目表二行目の末尾に「なお、同規程八条一項は『職員の勤務時間は、月曜日から金曜日までは午前八時三〇分から午後五時まで、土曜日は午前八時三〇分から午後〇時までとする。』と定めていた。」と付加し、同四二枚目表一三行目の「同病院」から同裏三行目の冒頭の「否した。)、」までを「同病院事務局医事係に当時所属していた係長以下職員一三名と臨時職員二名中出勤したのは各日とも係長以下五名(臨時職員を含まず)のみであり、」と改め、同四三枚目裏一一行目の「同伊藤千鶴子」を「同伊藤千鶴恵」と訂正し、同四六枚目表五行目の「地公企法」とあるのを「地公企法(地方公営企業法)」と改め、同五六枚目表二行目の「目途」を「目処」と訂正し、同五行目の「それだから」から同九行目の「応ぜず、」までを「従って、控訴人末次、同伊藤、同藤川、同田上らを含む市立門司病院事務局医事係職員の一部が、当局の説得に応ぜず、」と改める。)

一  地公労法一一条一項が憲法二八条に違反しないことについて。

前記引用にかかる原判決理由中に援用されている最高裁昭和五二年五月四日大法廷判決によれば、職員及び組合の一切の争議行為を禁止した公共企業体等労働関係法一七条一項が憲法二八条に違反しないことについて、(イ)職員の勤務条件について、国会の定める大綱的基準のもとその具体化を労使間の団体交渉により決定するという制度をとる余地があるとしてもそのような制度が憲法上当然に要請されているわけではなく、団体交渉によって具体的な勤務条件を決定するという余地を国会から付与されてはじめて認められるものであり、国会の意思とは無関係に憲法上の要請として存在するとはいえないこと、(ロ)労使間の団体交渉により、勤務条件に関して国会の承認を求める原案を決定する意味における団体交渉権も、憲法上の保障をうけているとは解し得ないこと、(ハ)争議権は、憲法上勤務条件の共同決定を内容とする団体交渉権の存在を前提とし、その前提を欠く場合単なる意思表示の手段として保障されていると解するのは相当でないことを説示するのであって、当裁判所もこれに従うところ、この理は、右公労法の適用をうける公共企業体等職員と勤務条件決定の構造を同じくする控訴人ら地方公営企業に勤務する一般職の地方公務員にも妥当すると解される。従って、控訴人らの本判決事実一の1の(一)の主張は採用できない。

次に、現行法上争議行為禁止の代償措置が適正に整備されていることについては、前記引用にかかる原判決に説示のとおりであって、控訴人らに対する原判決説示の如き地方公務員としての身分保障、地公労法上のあっ旋、調停、仲裁制度に加え、人事委員会の給与引き上げ勧告の実施状況からみても、その代償措置が機能していないと断定することもできない。よって、控訴人らの本判決事実一の1の(二)の主張も採用できない。

二  本件年末休日出勤義務の存在について。

本件年末休日は、前記引用にかかる原判決説示の如く法定外休日であって、この休日に就労させるについては、労基法上の規制が及ばない。即ち、本件就業規程は、日曜日をもって「勤務を要しない日」と定め(同一〇条一項)、これは労基法三五条一項に定める休日である。そうして、本件の年末期間は、国民の祝日に関する法律に定める祝日、一月二日、三日と共に「休日」と規定され(同規程一一条一項)、労基法三五条一項の休日以外の休日であることを明示すると共に、同規程一二条は、「管理者は、業務のつごうにより必要がある場合は、」「勤務を要しない日もしくは休日に勤務を命ずることができる。」旨定めている。しかして、本件就業規程は、前記引用にかかる原判決説示の如く、管理者が地公企法一〇条によって制定した企業管理規程であって、地方公務員法三二条にいう「規程」に該当し、それに基づく勤務命令は、同条にいう上司の職務上の命令として職員は、これに従う義務を負うと一般的にはいうことができる。

控訴人田上、同末次、同伊藤、同藤川らは、右の程度の一般的、概括的規定は、労働条件明示義務(労基法一五条)の要件を充足せず、具体的休日労働義務の根拠たり得ないというが、労基法一五条の趣旨は予期に反した悪条件下で不本意な労働を強制されるような事態を防止する点にあり、そのためこれを受けた労基法施行規則五条は明示すべき労働条件として就業の場所及び従事すべき業務に関する事項、始業及び終業の時刻、休憩時間、休日、休暇等に関する事項、賃金の決定、計算及び支払の方法、時期等に関する事項等と定めているのであって、(証拠略)によれば本件病院局の場合、右労基法施行規則五条に定める程度の労働条件は明示されていることが明らかである。また(人証略)をあわせると、(イ)病院事務局医事係の前記分掌事務(原判決理由三の2参照)のうち主たる業務は患者の受付け並びに診療報酬請求事務であり、そのうち例年年末休日出勤による処理を命ぜられていたのは診療報酬請求事務であったこと、(ロ)その内容は毎月二五日か二六日頃から着手していたものと同様で、毎日の診療の都度カルテから転記していた会計カードを更にカルテと照合し、転記漏れ、誤記等の修正や病名の確認を行い、右終了後は点数計算と集計を行い、担当医師の点検を受けて診療報酬請求明細書(通称レセプト)を作成し、その後右のレセプトを各保険別、診療科別に仕訳け集計して請求書を作成し、これにレセプトを添付して診療報酬の支払機関に提出することであり、これらは概ね翌月八日までに終る必要があったこと、(ハ)昭和四四年頃は一カ月に処理すべき請求手続は大体三、二〇〇件であったこと、(ニ)以上のうち通常年末までに処理することを求められていたのは会計カードの修正確認、点数計算とその集計業務までであったこと、(ホ)以上の業務は通常は時間外勤務(残業)で処理していたが、年末は二九日から休日となるので例年休日出勤で処理して来たことを認めることができる。してみると、当局がこのような定期的ではあるが限時的な繁忙状態について「業務のつごうにより」休日労働を命ずる「必要がある」と判断したことにつき前記就業規程の解釈適用に誤りはなかったし、かつこのような場合に適用されるものとしての本件就業規程一二条の合理性もこれを首肯することができる。

従って、以上説示の理由と前記引用にかかる原判決説示の理由(原判決理由五の1参照)をあわせれば、本件年末休日出勤命令により、控訴人田上、同末次、同伊藤、同藤川らについて、具体的な年末休日出勤義務が発生したと認めるのが相当である。

以上の認定を左右するに足る証拠はなく、また余暇権、休息権を根拠とする右控訴人らの休日労働拒否権に関する主張、具体的な合意を欠くことを理由とする休日労働義務不発生の主張はいずれも採用できない。

三  本件年末休日労働拒否が期末手当〇・一カ月分の要求をめぐる争議ではない旨の主張について。

本件年末休日出勤命令によって当局が門司病院事務局医事係職員に命じた業務は前述の如き診療報酬請求に関する事務で、通常ならば時間外勤務(残業)によって処理されていたものであった。

しかして、(証拠略)によると(イ)病院局は財政再建団体(地公企法四三条以下)であって、昭和四四年年末一時金の市長部局並みの〇・一カ月分増額は自治大臣の承認を要し(地公企法四四条二項)、同年末には支給の見通しは明るいとしながらいまだ当局も確約できない状態であったこと、(ロ)当時すでに市長部局は〇・一カ月の増額分も支給されていたし、これに加えて病院局職員には財政再建団体指定(昭和四二年)以来の格差、大量分限免職(昭和四三年)等による不満があったこと、(ハ)更に病院事務の特色として看護部門の夜勤、休日勤務はもとより、前述の如きレセプト作成作業のための時間外又は休日勤務も常態化し、しかも長時間にわたっていたこと(時に一カ月六〇時間)、(二)本件の直前である昭和四四年一〇月、病院局若松病院の労基法違反事実につき若松労働基準監督署の調査と是正勧告があったこと、(ホ)それはレセプト作成事務のため法定労働時間の枠を超えた就労、女子職員に対する制限枠を超えての就労その他休憩、割増賃金等にかかるものであったこと、(ヘ)門司病院も大なり小なり同様の事情が存在したこと、(ト)従って前記〇・一カ月分の年末一時金問題の他に病院局職員にこれら超過勤務ないし休日出勤に対する反対があったことの諸事実を認めることができる。従って以上認定の事実によれば、控訴人田上、同末次、同伊藤、同藤川らを含む門司病院医事係職員らが本件年末休日出勤を拒否した動機には、これら長時間超勤に対する反対も含まれていたものと認定することができる。また、(人証略)によれば、市職労病院評議会に属する組合員らが本件年末休日出勤を承諾したのは、当時市職労は自治労に加盟しておらず、処分があった場合の組合員救済措置が十分にできないという財政問題が影響していたと推認され、必らずしも年末一時金増額に関する病院当局の説明を納得しただけの理由で本件年末休日出勤を承諾したものではないと認めるのが相当である。

しかしながら、(人証略)によれば、昭和四四年一二月二三日の団体交渉で、病院労組及び病院評議会は、〇・一カ月分の年内支給ができないなら年末年始の休日出勤には協力できない旨表明した事実が認められ、この問題が合意に達していたとすれば、以上認定の諸般の事情にてらして門司病院事務局医事係(病院労組)組合員も本件年末休日出勤を承諾していたものと推認される。従って、本件年末休日出勤拒否が昭和四四年末の期末勤勉手当の増額問題に関してなされた病院労組の意思に基づく一部組合員による争議行為と認めることができる。原審控訴本人田上良晴の右認定に反する趣旨の供述部分は採用できない(もっとも前述の如く本件年末休日の勤務を命じた勤務命令は適法で、前記控訴人ら(田上外三名)を含む医事係職員らは休日勤務義務を負うに至ったものであり、右控訴人らが超勤問題解決のために年末休日出勤拒否をしたとしてもそれが争議行為たることにかわりはない。)。他に以上の認定を左右するに足る証拠はなく、この点に関する控訴人らの主張は採用できない。

四  懲戒権濫用の主張について。

1  本件一一・一三争議行為並びに年末休日出勤拒否が行われていた当時、労働組合の活動が全逓東京中郵事件判決(最高裁昭和四一年一〇月二六日言渡)、都教組事件判決(最高裁昭和四四年四月二日言渡)による争議行為の禁止条項の限定解釈論(但し刑事事件)の影響下にあったことは公知の事実であるが、右の法令解釈の点で仮りに控訴人らが本件各争議行為を禁止されない争議行為(懲戒処分の対象ともなり得ない争議行為)と考えていたとしても、以上認定の争議内容並びに各減給日額二分の一ないし戒告という本件各懲戒処分内容とてらして検討するときは、いまだ本件各懲戒処分が懲戒権を濫用してなされたと断定することはできない。

2  病院局若松病院において、主として超過勤務に関する労基法違反の事実が労基署によって指摘され、門司病院においても大なり小なり同様の事態が存在していた事実は認められるとしても、控訴人田上、同末次、同伊藤、同藤川らの年末休日出勤拒否が前述の如き争議行為に該当し、同病院の診療報酬の調定及び請求事務に遅延を生ぜしめ予算の執行に支障を来たした事実があり、これと同控訴人らの前記懲戒処分内容とてらして考えるときは、右の事情をもって、いまだ本件各懲戒処分が懲戒権を濫用してなされたと断定することはできない。

3  よって懲戒権の濫用に関する控訴人らの主張も採用できない。

してみると、同旨の原判決は相当で、本件控訴はいずれも理由がないから、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西岡德壽 裁判官 岡野重信 裁判官 松島茂敏)

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